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幹部から伝え聞いた中央分離線のアイデアが頭から離れなかったヘルツァーは、溶けたガラスからビーズを作る実験を開始しました。考えれば考えるほど、役人たちがおこなっている実験がいかに利に適ったものかが分かってきます。やがて彼はガラスビーズを使って高速道路の車線を作れるはずだ、と確信するまでに至りました。そんな彼の熱中ぶりを見て、周りの研究員もようやくその気になっていきました。
もっと詳しい情報を知ろうと、ヘルツァーは郡の実験がどこで行われているのかを例の役人に問い合わせました。しかし、職務上の理由から教えてもらうことはできません。仕方なく自力で実験場所を探すことにしたヘルツァーは、仕事が終わった後に周辺道路を自動車で走り回り、ついに3M社から数キロ離れた通りに白い筋を見つけたのです。
1936年に行われたこの実験用の白線は、従来のペンキよりも3倍は明るく見えました。しかし、顕微鏡で検査した結果、ビーズがまばらな上に不透明なペンキの中に埋もれてしまい、本来の10%しか光を反射していないことが分かりました。
「自分たちなら、もっといい製品が作れるぞ」と自信を深めたヘルツァーは、ただちに本格的な実験を開始。1937年の夏の終わりに、とうとう3M社初の反射材を作り上げたのです。当初開発された反射材は〈スコッチ〉両面テープの片面に小さなガラスビーズを貼りつけ、もう片面を道路側に貼りつけるというものでしたが、ここから〈スコッチライト〉反射シートの歴史が始まったのです。 |
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