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問題は二つありました。一つは価格の問題です。3Mのビーズテープは、郡が研究を行っていた反射ボタン付き車線の1.7倍ものコストがかかったのです。そして二つ目は、反射性能の問題です。ヘルツァーたちの開発したビーズテープは、他の方式と比べてもずば抜けて反射性能が高いというわけではなかったのです。さらに、これまで何度も実験に失敗するのを見てきた道路管理局の3M製品に対する評価が冷ややかになっていたことも大きな原因となりました。
このプロジェクトを続けるかどうか、3Mは決断を迫られることになりました。しかし、ガラスビーズのアイデアに可能性があると感じていたカールトン副社長は、会議を開いて社内から新しいアイデアを求めることにしました。その結果、地面に貼っていたビーズテープを標識に貼って使ってみようということで意見が一致したのです。こうして、ガラスビーズを使った車線テープの開発プロジェクトは打ち切られ、代わりに反射シートの研究が開始されました。
それから数ヶ月後、ミネソタの高速道路の交差点に初めて〈スコッチライト〉反射シートを使った道路標識が立てられました。1939年9月、ヒットラーがポーランドに侵入した日のことです。 |
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