
ヘッドライトを反射してハッキリと見える道路標識。この技術を開発したのは米国の3M社です。その舞台裏は失敗また失敗の連続。しかし、失敗から成功のヒントを導き出すたくましい発想力が、夜間のドライブの安全を支える新製品を生みだしました。

20世紀の初め、米国では急速な自動車の普及に伴って、道路整備が進められていました。しかし、当時使用されていた道路標識や反射材は、周りが暗くなるとほとんど役に立たず、夜間運転の大きな問題となっていました。悩みを抱えていた高速道路担当の公務員は、1937年のある日、3M社の幹部にこう話しかけたのです。「道路に夜でもよく見える車線が引けたら、大きなビジネスになるでしょうね。製品開発の得意な3M社さんだったらできるんじゃないですか?」。そして彼は役所が実施している車線の上にガラスビーズを振りかける実験の話をしてくれました。
幹部からこの話を聞いた技術者ハリー・ヘルツァーは、ガラスビーズのアイデアに魅力を感じ、実験を開始。新しい反射材の開発に心血を注ぐようになりました。


1937年、ヘルツァーと仲間たちは3Mで初めての反射材を作りました。それは<スコッチ>両面テープの片側にガラスビーズを接着し、反対の面を道路に貼り付けるという原始的なものでしたが、ここから<スコッチライト>反射シートの開発がスタートしたのです。
その年の11月、反射シートを道路に貼る施工実験が行われました。数日後、シートを確認すると元の位置にあり、なにより相当の光を反射していました。皆は新製品誕生に心躍らせました。
ところが年が明けた1938年春、公開実験で思わぬ事態が発生します。シートは雪解け水で剥がれ、道路に浮いてしまったのです。実験の失敗にショックを隠せないヘルツァーたちでしたが、技術的には貴重な成果も得られました。天候や交通量をものともせずに、ガラスビーズはしっかりとシートから剥がれていなかったのです。「それならば、今度は道路から剥がれることがない両面テープを開発しようじゃないか」——研究スタッフは気を取り直し、次の実験へ取りかかりました。
そして1938年9月、基材や接着剤などの研究結果を試す実験が再び行われました。今回の実験は、反射シートを3M社の工場近くのハイウェイ1.2kmにわたって貼り付けるというものです。しかし、この実験も失敗に終わりました。3週間後に確認したところ、交通量の多さと霜のために反射シートは浮き上がり、風にはためいていたのです。それでもあきらめず、研究スタッフはさらなる改良に取り組み、技術的にも大きく進歩した反射シートを作り上げました。そして、とうとう冬を越え、春になっても道路にピッタリとくっついたままの反射シートを開発することに成功したのです。


実験は成功しましたが、2つの問題が浮き彫りにされました。1つは価格。この反射シートは、反射ボタン付の中央分離線に比べると1.7倍もしたのです。もう1つは性能で、この新製品は他の方式に対し、ずば抜けて反射性能が高いというわけではありませんでした。
プロジェクトは存続の危機にさらされますが、可能性があると信じていたカールトン副社長は研究をあきらめきれず、さまざまな新しいアイデアを求めました。その結果、「道路に使っていた反射シートを、今度は標識に使ってみよう」ということで意見が一致したのです。そして数ヵ月後、ついに3M™反射シートを使った道路標識がミネソタの高速道路に立てられました。
1949年に反射シート専用の工場が建設されると、性能の問題はすべて解決されました。ビーズの上にプラスチックの膜を塗布する加工技術を開発したことによって、耐候性は飛躍的に向上。さらに、表面が滑らかになったため、多様なグラフィック加工にも対応できるようになったのです。そして現在、3M™反射シートは、世界各国の規制標識、案内標識といった道路標識はもちろん、夜間工事の安全を確保する反射材などに幅広く利用されています。
失敗にもめげないタフさと、失敗から成功のヒントを導き出す柔軟な発想力。この3Mのスピリットは今もなお脈々と受け継がれ、もちろん住友スリーエムにおいてもあらゆる製品開発における最大の強みになっています。
|