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SPECIAL いま話題の オリジナルポストイットサービスができるまで。

ビジネス書の大ベストセラーである「レバレッジシリーズ」の著者、本田直之さんをはじめ、ビジネスの達人のあいだで、評判のビジネスツール。それがポストイット®オンラインプリントi-Noteだ。
仕組みは単純、WEB上で、従来のポストイットに画像やテキストなど、自由にオリジナルデザインし、注文すると5日程度で、自宅まで届けられる。雑誌「DIME」で特集が組まれるなど、いまや先端をいくビジネスパーソンたちのキーアイテムとなっているこの商品も、3Mが掲げるスローガン「I think」から生まれたアイデアのひとつである。
大ヒット商品の物語は、とある会議室で3人の男が出会ったことからはじまる。元エンジニアで、マーケティング担当を務めていた水野は、コンシューマー・オフィスマーケット担当の取締役からポストイット®製品のWEBビジネスのテコ入れを求められていた。もともとポストイット®オンラインプリントi-Noteは、マニアのあいだでは、知られているサービスだった。なぜマニアのあいだなのか、それはWEB上でオリジナルデザインを作成するのに、1時間近くもかかり、操作方法も難解で、まさにマニアしか手の出せないような代物だったのだ。しかも、できることはテキストを打ちこめるだけ。
「過去のデータを調べてみたら、びっくりしました。テキストしか打てないので、一生懸命、記号などを駆使して、絵のようなものを描いたりして、ユーザーのほうが制約の中で、この商品をなんとか使おうと工夫してくれていたんです。これだけ敷居の高い商品ながら、そこまでして使ってくれるユーザーがいる。それなら、そのニーズにこたえるべきだろうと。」
これだ、と決めたら突き進むのが水野の凄さだ。なんと水野は、数日間、缶詰になって過去にユーザーが発注したポストイット®オンラインプリントi-Noteのデザインを、すべて自分の目で確認した。その数は、数千をくだらない。同時に、水野はこのプロジェクトを実現するためのメンバー集めに奔走する。もちろん3M社内に、余っている人員などいない。みんなプロとして、それぞれの仕事を持っている。ましてや優秀な人材を新しいプロジェクトに引き入れることは、簡単ではなかった。
藤原寛。なぜか「フジハラヒロシ」というフルネームで呼ばれる。文系の出身にも関わらずサーバ管理の仕事をまかされ、そのIT知識で社内でも知る人ぞ知る存在だった。口癖は「やれますよ。」どんな無理難題でも、涼しい顔をしてかたづけてしまう。フジハラヒロシは、水野よりも10歳ほど年下ということもあり、水野との接点は薄い。いつだったか喫煙スペースで世間話をした記憶がある程度だった。たが、水野は直感的に思った。あいつしかいない。短期間で、しかも社内の人間で新しいシステムを立ち上げるには、フジハラヒロシが必要だと。
同じころ、自社のインターネットを制作・管理するセクションに所属するNは、自社のオリジナル・ポストイット作成のサイトをみて、もっとユーザビリティーをアップさせられるのではと感じていた。
そんなフジハラヒロシとNが、水野から呼ばれ、とある会議室に招集された。フジハラヒロシとNが、会議室に入るなり、ヒゲ面で精悍な目をした男が怒りをあらわにしている。その男こそが水野だった。「水野さんはとにかく怖かった。会社の中でケンカしている人をはじめて見ました。まあ、本人は議論だって言うんですが、はたから見るとケンカにしかみえない(笑)」とNは振り返る。最初は、恐る恐る接していたフジハラヒロシとNだったが、このプロジェクトに賭ける水野の本気さをヒシヒシと感じていた。
「帰りのエレベータで、あの人(水野さん)、本気だったね。と話したんです。プロジェクトに参加するかどうかは、最終的には上司の判断が必要でしたが、自分の中では、やってみたいなあという気持ちになっていましたね。もちろん水野さんって、怖いなあとも思っていたんですけど。」フジハラヒロシにとっても水野との出会いは、強烈だった。

水野も、手ごたえを感じていた。新システムの稼動は、わずか半年後、システムはできても、スケジュール的な厳しいかもという想いもあったが、フジハラヒロシは、またも涼しい顔で「できますよ。」と言ってくれた。インターネットのプロであるNも、このプロジェクトの可能性に共感をしてくれた。真夜中の小さな会議室で、これはやれるぞ、と水野は心の中で何度もガッツポーズした。
 フジハラヒロシにとっても、このプロジェクトは大きな挑戦だった。「できますよ。」という言葉にウソはない。ただし、条件があった。「さすがに自分ひとりのチカラでは無理だろうと思っていました。そこで、思いついたのは他のスタッフのチカラを借りること。一緒に仕事をしたわけではないのですが、インドからやってきたバブのスキルの高さは、知っていました。バブとインドの会社(現地の会社)でチームを組んで対応することを考えました。」世界各国にオフィスやラボがあり、日常的に情報交換がおこなわれている3Mでは、よくプロジェクトリーダーや営業の仕事を「世界選抜チームの司令塔」に例えることがある。水野、フジハラヒロシ、バブとつながったチームは、水野が知らぬ間に、まさに世界選抜チームになっていた。
オリジナル・ポストイットのユーザーは誰なのか。フジハラヒロシやNが開発を進める一方で、水野は新システムの稼動後のマーケティング戦略を見据えながら、誰がどんなふうに使ってくれるのかを考え続けていた。「まず考えたのは、遊びに使われるんじゃないかということ。プレゼントにするとか、名刺代わりにするとか、こういう新しいサービスって、若い女性からブームになったりするじゃないですか。だけど、それは僕の感覚であって、リアリティがあるものじゃない。ウェブビジネスのすごいところは、データの蓄積なんです。過去のユーザー履歴がすべて残っている。そこに答えがありました。じつは、ビジネスユーザーが7割~8割を占めていたんですよ。」ターゲットは決まった。それはリアルなデータが語った「真実」だ。水野の中で、成功への自信が確信に変わる。
「開発途中の画面をいじってみると、昨日は線が半分しか描けなかったのに、今日はもう半分が描けるようになっている。こうして開発途中の進化を裏側から見られるのは、大変、勉強になりました。こんな状態で、大丈夫か、という部分があり、フジハワラヒロシに確認すると、いつものように、ぜんぜん大丈夫ですよ、と言いながら、そのあとのプロセスを丁寧に説明してくれました。」とNは言う。その当時、「フジハラヒロシとインドの仲間たち」は、このプロジェクトを知らない人のあいだでも、話題になりつつあった。PCを数台並べて、まるでピアニストのようなリズムでプログラムを打ちこんでいくフジハラヒロシの姿が、社内を釘づけにしたからだ。しかも、彼の傍らにはいつもバブがいる。ときおり、やってくるコワオモテの水野。ちなみに、一生、検索エンジンに引っかからない人生をおくるという主義から、今回の写真には載っていないNも、短髪にヒゲという風貌である。
こうして、期日までに新システムの稼動を迎えたプロジェクトだったが、残念なことに、不具合がみつかってしまった。すでに、オープンの告知をメディアや広告で打っていることもあり、水野には一度クローズするという決断に迷いがあった。常にチームを引っ張ってきたリーダーである水野の迷い。しかし、そんな彼を支えたのが、フジハラヒロシとNだった。Nは、不具合がわかった時点で、これは一度クローズするしかないと考えていた。「不具合がわかった瞬間から、僕は、システムメンテナンスのため、しばらくのあいだアクセスできません、というような裏画面の作成に入っていましたね。フジハラも最短で修正する段取りをつけていたはずです。さすがに、水野さんは落ち込んでいました。だからこそ、僕らが先回りして動くことでマイナスを最小限に食い止めたかったんです。」
とNは振り返る。それは、彼らがひとりひとり「プロ」だったからこそなせる技である。
こうして、わずか2、3日で、不具合は解消され、ポストイット®オンラインプリントi-Noteはデビューを果たす。
この話には、続きがある。その後、ポストイット®オンラインプリントi-Noteは、予想を超えるヒット製品となり、冒頭の本田直之氏をはじめ、多くのビジネスプロフェッショナルたちから絶大な支持を得た。雑誌に特集が組まれたことで、「ある約束」が果たされそうだ。その約束とは、水野いわく「高級な焼肉」。このプロジェクトを通じて、親友となったフジハラヒロシとNに、水野は「高級な焼肉」を奢るそうだ。インタビューの最後に水野が言った。「じつは、このあとのマーケティングの話がもっと面白いんだけど。」予定時間を激しくオーバー・・・その話は、後日また別の機会に伝えることにしよう。

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